2005.10.25 (Tue)
夢を運んだ大雪丸
長崎港で「大雪丸」が第二の人生を終える、のニュース!
函館、青森間で青函連絡船として活躍後、長崎港で「船上ホテル」として活躍している「大雪丸」が今年限りで「お役ご免」になるようだ。
連絡船は1988年まで、本州と北海道を結ぶ重要な役割を果たしていた。
それまで飛行機は「高嶺の花」で、私も東京へ出張の折は幾度となく「連絡船」を利用したものである。
当時は列車のスピードも今より遅く、札幌から東京まで二十時間は掛かっていた。
大雪丸には私も何度か乗ったことがあり、函館の桟橋から出航するとき必ず「蛍の光」が流れ、「ボ〜、ボ〜」と鳴る汽笛の「せつなさ」は今も思い出される。
別れを惜しむ声も少なくなく、年内は「長崎へのお別れツアー」や「北海道バイキング大感謝祭」が行われるようで、近くの方には是非とも「大雪丸」の最後の雄姿を見届けて欲しいものである。
多くの夢を運んだ「大雪丸」よ、さよーなら、ありがとう!!
函館、青森間で青函連絡船として活躍後、長崎港で「船上ホテル」として活躍している「大雪丸」が今年限りで「お役ご免」になるようだ。
連絡船は1988年まで、本州と北海道を結ぶ重要な役割を果たしていた。
それまで飛行機は「高嶺の花」で、私も東京へ出張の折は幾度となく「連絡船」を利用したものである。
当時は列車のスピードも今より遅く、札幌から東京まで二十時間は掛かっていた。
大雪丸には私も何度か乗ったことがあり、函館の桟橋から出航するとき必ず「蛍の光」が流れ、「ボ〜、ボ〜」と鳴る汽笛の「せつなさ」は今も思い出される。
別れを惜しむ声も少なくなく、年内は「長崎へのお別れツアー」や「北海道バイキング大感謝祭」が行われるようで、近くの方には是非とも「大雪丸」の最後の雄姿を見届けて欲しいものである。
多くの夢を運んだ「大雪丸」よ、さよーなら、ありがとう!!
| BLOGTOP |
