2006.02.23 (Thu)
父と娘の絆
私に近い親戚の中に、余命二ヶ月位と病院から宣告された「難病患者」がいる。
症状は、最初は「言語障害」から始まった。数年前のことである。
そして徐々に手足の麻痺が進行し、今は歩くこともままならない。
自分でものを食べることも出来ないため、すべて流動食で命を繋いでいるが、鼻から胃袋まで通している管が痛々しい。
そこの家庭は運も悪く、妻とは「宗教」が原因で離婚せざるを得なくなった。
子供は、三十歳を頭に二十三歳まで四人の兄弟がいて、末っ子だけが女の子である。
一番多感な時期を、子供たちは母親なしで育てられた。
しかし子供たちは、父親の愛情をいっぱい受けて立派に成長した。
私たちが見ていて羨ましい程「父と子供たち」は仲がいい・・・と思っている
6ヶ月もの間友人の家に居候してたようで、あとで聞いたら父親との確執があったらしい。
その「友人のお母さん」が素晴らしい方だったようで、家出した娘は一皮も二皮もむけて成長して帰ってきた。
その娘は今、ほとんど寝たきりの父親をひと時も離れず看ている。
父親本人も入院は拒絶しているが、それ以上に娘が父親を離したくないのである。
娘は、そのために仕事も辞めてしまいました。
長距離恋愛の彼氏と会えるのも一年に2〜3度。
トイレに行くのも、シャワーを浴びるのも、食事も、水も、みんなその娘が面倒をみている。
私はよく妻と話をする・・・「あの娘のまねは誰もできないだろうと」
私たちは今、父親と娘の深い絆を感じながらも、切ない日々を送らざるを得ない
症状は、最初は「言語障害」から始まった。数年前のことである。
そして徐々に手足の麻痺が進行し、今は歩くこともままならない。
自分でものを食べることも出来ないため、すべて流動食で命を繋いでいるが、鼻から胃袋まで通している管が痛々しい。
そこの家庭は運も悪く、妻とは「宗教」が原因で離婚せざるを得なくなった。
子供は、三十歳を頭に二十三歳まで四人の兄弟がいて、末っ子だけが女の子である。
一番多感な時期を、子供たちは母親なしで育てられた。
しかし子供たちは、父親の愛情をいっぱい受けて立派に成長した。
私たちが見ていて羨ましい程「父と子供たち」は仲がいい・・・と思っている

【More・・・】
数年前その末の女の子が、ふとしたことで家出をしたことがある。6ヶ月もの間友人の家に居候してたようで、あとで聞いたら父親との確執があったらしい。
その「友人のお母さん」が素晴らしい方だったようで、家出した娘は一皮も二皮もむけて成長して帰ってきた。
その娘は今、ほとんど寝たきりの父親をひと時も離れず看ている。
父親本人も入院は拒絶しているが、それ以上に娘が父親を離したくないのである。
娘は、そのために仕事も辞めてしまいました。
長距離恋愛の彼氏と会えるのも一年に2〜3度。
トイレに行くのも、シャワーを浴びるのも、食事も、水も、みんなその娘が面倒をみている。
私はよく妻と話をする・・・「あの娘のまねは誰もできないだろうと」
私たちは今、父親と娘の深い絆を感じながらも、切ない日々を送らざるを得ない

junko spears |
2006.02.25(土) 04:38 | URL |
【コメント編集】
治してあげられないもどかしさで、見ていて辛いものがあります。
父親が可愛がっている猫が、最近そばを離れなくなりました。
父親が可愛がっている猫が、最近そばを離れなくなりました。
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わたしは、祖父がアルツハイマーで入院してます。もう3年になります。お見舞い行かなくちゃ。